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邪馬台国が、分かった!  宇佐神宮その4
 宇佐神宮の南大門を、巫女さんたちがお掃除していた。このずっと延長線上の方角(南)が大元山である。それでは、その先は一体どこだろうか。ポケットから地図帳を出して確認してみた。まっすぐ南へ行くと宮崎県だ。しかも高千穂町!高千穂といえば、日本神話における天孫降臨の地である。宮崎は日向(ヒュウガ)の国。日向は古来「ヒムカ」と発音していたらしい。「ヒムカノクロウマなんていう焼酎があったなぁ。ヒムカ、ヒムカ……おぉ!」
 とつぜん思い浮かんだのだ。卑弥呼(ヒミコ)とヒムカという発音が、ひじょうに似通っていることを。もしや卑弥呼とは邪馬台国の女王の個人名ではなく、女王の統治していた地名「ヒムカ」を指すのではなかろうか。もしくは逆に、女王の個人名が地名になったのかもしれない。すると、いずれにせよ邪馬台国はもともと宮崎だ!
 宮崎を「ヒムカの国」と呼ぶように、大分のことを「豊の国」と呼ぶ。魏志倭人伝によると、卑弥呼が死んだ後に邪馬台国を継いだのは台与(トヨまたはイヨ)という女王だ。これをトヨと呼ぶのなら、今わたしがいるこの大分の地こそ、まさに「トヨの国」ではないか!わたしは、邪馬台国の謎がすべて明らかになったような気がした。
 まとめてみると、日向の国の高千穂で生まれた邪馬台国(ヤマト国)が卑弥呼の時代に勢力を増し、その死後、ここ豊の国にまで勢力を拡大した。そしてその後、統治者は男王に変わり、初代神武天皇または第10代崇神天皇(この2人は、同一人物の可能性が高いという)の時代から、ここ宇佐神宮に祀られている第15代応神天皇のころにいたって勢力を拡大し、出雲を平定しながら東征してゆき、近畿地方に大和朝廷を押し立てたのだろう。
 結論を言おう。宇佐神宮に祀られている神様は、真ん中に比売大神こと「卑弥呼」、向って右に神功皇后こと「台与」、そして向って左に応神天皇こと「応神天皇を含む男王たち」ということになるのではなかろうか。宇佐神宮は、天皇家のまさに先祖を祀るお墓と呼ぶにふさわしい場所であった。

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by adwork | 2006-06-13 23:31 | お散歩写真
邪馬台国は、あそこか? 宇佐神... >>